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「百九年を迎え、先人に新たな想いを」
同窓会会長 渡 邊 喜 彦
源泉発行にあたり、一言ごあいさつ申し上げます。まずは、本年3月11日に発生致しました我が国に於いて、千年に一度という大惨事、大災害に見舞われ、多くの方々が亡くなられましたこと、心より哀悼の意を捧げます。そして、我が校の同窓会活動におきまして多大なる貢献をいただきました、前東京支部長であられました、中條様(前同窓会会長中條耕二さま御兄様)が亡くなられました。
また、その後突然の訃報に驚きましたが、現北海道支部長であられました、渡邉様が5月1日を迎えるにあたり、本年度担当幹事の記念ゴルフコンペを行って良いのでしょうか、などと深刻なご相談を受けました。時3月の中旬、震災の起こった1週間から3月末のことでしたでしょうか。当時は、とても多くの方々が亡くなられ、原発問題がどうなるのか、全く先行き不透明な時期でありました。その結果、役員の方々にお集まりいただき、何回か検討をさせていただきました結果、同窓会総会は総会のみとし、学校にて開催しようという結論に達し、今までの歴史の中ではじめての懇親会カットという総会を行わせていただきました。
また、記念ゴルフコンペも実行に向け、進めていましたが、ご案内を差し上げ60数名の参加申し込みがありましたが、敢えて本年は中止という結論を出させていただいた次第です。そして、囲碁クラブの渡辺委員長さんにもご協力いただき、本年の大会を見合わせすることとなりました。私も、事業はできるだけ中止すべきではない、中止するのは会の活性化にブレーキをかける大きなマイナス要因となることは十分に承知いたしております。しかし、その当時の状況と致しましては、そのまま実行したのでは、三高同窓会は何を考えているのか、今の時期を解っているのか、などという批判の声も聞こえてきそうな雰囲気でありました。今こそ、そういうくらい心では復興への強いエネルギーは生まれない、むしろこういう時だからこそ、元気を出して明るく前向きに、という声も聞かれるようになりました。当然今後の事業、同窓会の進め方につきましては、前向きで明るく勇猛果敢に取り組んで参る所存であります。
しかし、本年のみこうして事業の一部変更を余儀なくされた事情をお組取りいただき、よろしくご理解をお願い申し上げる次第です。
さて、昨年の10月2日に執り行いました、定時制閉課程の記念式典に際しまして、同窓会の新潟県知事、泉田様はじめ、多くの方々においでいただき、有意義な式典ならびに除幕式を挙行することができました。
式典の中での、最後の卒業生代表である、服部充君の挨拶が、とてもすばらしく泉田知事さんも、思わず大拍手をされた一面もございました。また、その後の懇親会も各地からお集まりいただき、盛大かつ有意義に終了することができました。また、本年4月には記念事業最後の事業でありました、定時制閉課程記念誌に際し、笛木定時制部会長ならびに長谷川記念誌発行委員長はじめ、全日制の前源泉委員長の小嶋会計監査兼副会長さんなど多くの方々のご協力により、無事すばらしい記念誌が出来上がりました。有料ではございますが、ぜひお買い求めくださいまして、手元においてご覧いただきたいと思います。定時制も昭和26年設置以来、59年の歴史を刻んで参りました。誠に残念ではありますが、本年3月30日をもって、その歴史の幕を閉じました。最後の卒業16名の諸君は、三条高校の名に恥じない、人間として育ち、巣立って行きました。長年に亘る多くの先生方のご協力ご支援に心より感謝の意を捧げます。本当にありがとうございました。そして御苦労様でした、と心より御礼申し上げます。また現、校長先生の小島校長先生はじめ多くの先生方、学校関係者の方々には、本当に心温まる卒業での贐のお言葉や記念式典へのご協力に重ねて感謝申し上げます。
さて、昨年の源泉の会長挨拶にも申し上げましたが、我が母校である三条高校は、今年で開校以来109年を迎えます。いよいよ来年は、110周年を迎えます。初代校長の飯田御世吉郎校長は、弱冠三十歳にて、明治35年3月8日に着任されたと記録されております。13年の長きにわたり在任され、次に二代目校長として坂牧善辰校長も着任後12年という長きに亘り在任されました。また、三代目校長の手塚義明校長により、昭和7年に、創立30周年式典を挙行されたと記録に残っております。昭和37年、第11代増井秀夫校長が60周年、定時制10周年記念と歴史を刻み、良き伝統を受け継いでまいりました。
この創立60周年記念の座談会の中で、校章と三中精神と先輩が語っておられましたが、校章のデザインは秋保親美先生の考案されたもので、六角形は雪をかたどり、三角形を合わせたのは、三条の意味が入っている、雪の結晶を表して、その雪は高潔な精神を意味しているとの事であります。紋章学的に、この校章は「篭目」というもので、その意味は「降魔、魔をはらう」、即ち、災害を防ぎ、どんなものにも負けない強い心を表していることを源泉32号で、前会長中條耕二氏が巻頭で語っておられます。それを拝読し我が母校のすばらしさを改めて思いを新たにしています。そこで、110周年の記念事業のあり方ですが、昨年あたりからこの度の周年事業について、役員の方々のご意見などをお聞きして参りました。皆様のご意見は、「100年、150年、200年という大きな節目の時は盛大に執り行うべきであるが、この間の節目はあまりに派手にやらずに、実のある記念事業を・・・」とのご意見が多数でありました。私としては、皆様のご意見にそって、あまり派手な事業はやらずに、実のある記念の年といたしたい、と考えているところでございます。皆様からも大kのご支援ご協力を得ながら、記念の年でなければできない事業を少し入れて、みんなで一緒にお祝いをしたいと思っています。
できたら、現在の生徒諸君が校歌と応援歌の第一くらいは歌えるのですが、後の応援歌などは、全く聞いたこともなく、歌えないという状況です。ぜひ、校歌と応援歌をいれたCDを作成し、後世の後輩たちに残してゆきたいものと考えているところです。式典はきちんと執り行う予定でおります。とにかく本年早々に、記念事業実行委員会を組織し取り組んで参りたいと思います。どうぞ、同窓会メンバーの多くの方々に是非、ご参加いただきたい。また多大なる寄付など事業遂行にあたり、ご協力を賜りますよう、この場をお借りしお願い申し上げる次第です。
それから、現在中断している三校支部の具体的運営に向け、直ちに進めてまいります。
それから、中部支部設立について、一昨年社会人講話「ようこそ先輩に」すばらいしご講演を後輩たちにいただきました、名古屋の大橋亘さんのご要請をいただいております。
本年こそは、前向きに取り組んでみたいと思っております。
会長挨拶のまとめとなりますが、どうぞ皆様がたそれぞれの地にあり、母校に対する想い出を再度かみしめながら、母校への思いを馳せ、後輩たちへのご支援ご協力を切にお願い申し上げ、会長挨拶といたします。
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